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「吉井川」とは、明治以降に統一した名称で以前は他の河川と同様に通過地の地名で呼ばれていました。上流で「奥津川」、津山城下へ出て「津山川」となり南下して「周匝川」、「和気川」、「吉井川」、「雄神川」など,流れとともに名を変えていました。 吉井川は、旭川とともに備前国の二大河川であり、古来旭川を「西の大川」と称するのに対して、吉井川は「東の大川」と呼ばれていました。 倉安川吉井水門 倉安川は、延宝7年(1679)に津田永忠によって築かれた、吉井川と旭川を結ぶ人口河川であり、南部の干拓地へ灌漑用水を送る水路であると同時に、高瀬舟の運河でもありました。 江戸時代、高瀬舟は、この倉安川吉井水門に築かれた二重式水門で水位を調節して倉安川に入り、旭川へ出て岡山城下まで通じていました。 昭和34年には岡山県の史跡に指定されています。 吉井川水系には岡山三大河川で最も多い21箇所,51,760kwの水力発電所があります。 このうち大型ダムを持たない500kw未満の小出力発電所が半数を占め,川の流れを大きく変えずに水のカスケード利用が上手に行われています。(資料:河川局) 水力発電の仕組み |