天神川水系 小鴨川  水のプログラムホーム
 この地は江戸末期、鳥取藩の士族「土着士」50名らが開拓。 地元の人とともに農地に水を引く大規模な水路工事が行われたという。 これにより高台の稲作などが可能となった。
 往時の「カウモ井手」跡にある水車の里体験工房(写真左)案内板より。

 
水路下流の南谷発電所へ
山守発電所
 旧山守村は電灯会社から遠いということで電気普及時代の恩恵を受けることができず、大正14年に地元・山下源蔵氏の発案で発電所計画が提案され、多くの賛同を得て昭和5年11月に山守電気組合を設立、発電所建設に着手。昭和8年11月、2ヵ年の歳月で完成、配電開始された。電灯会社と比較すれば必ずしも明るいとはいえなかったが、地区の人々の長年の思いは結実したと記されている。
 その後、戸数・需要の増加で電力が大幅に不足し昭和45年9月から中国電力への売買電となった。
 位置
 ストリートビュー
 《開設当時の発電能力》
  ○水量:0.11m3/S 落差:21m 発電能力:14.5kw 建設費:23,000円 利用戸数:244戸(灯数:505灯)
 《改造時の能力》
  ○水量:1.056m3/S 落差:23m 発電能力:70kw 利用戸数:356戸 (改造費8,389,793円/昭和45年)
上記資料:案内板
   山守発電所 出力:115kw/局資料 (1号45kw、2号70kw/小水力データベース)
   南谷発電所